)      (昭和51年6月7日第三種郵便物認可)
美術新聞社報
新着コラム
かや はら

萱原晋のコラム(風信帖/№1191)

投稿日:2021年5月10日

文字文化協が『文字文化大字典』構想

 (一社)国際文字文化検定協会が打ち出した『文字文化大字典』の編纂計画が、話題を呼んでいる▼同協会が機関誌《文字だ!》の最新号で八ページを割いて縷々(るる)説明しているものだが、敢えて「構想(案)」としているのは、まだアイデアの段階を出てないからだろう。その構想(案)によると『字典』は、まず教育漢字・常用漢字から始め、最終的には古典・古筆中の字例から現代社会で生み出され活用されているデザイン文字まで、現代においても一定の使用頻度のある「文字」を、手書き文字を中心にそれぞれ一〇〇種規模収集して「一冊(?)」にまとめようというものである▼その集字規模は五〇万から一〇〇万字をめざすという大型企画だから、むろん「一冊」には到底収まらず、そもそも印刷・製本というプロセスを通して紙媒体として流通させるのは、この時代ではおそらく困難。それゆえ「構想(案)」は、今だから「デジタル化の波を〝手書き文字〟の味方に」して、すぐれた「字例」を確実に未来に残すと共に、誰でも利用できるデジタルツールとして広く一般の利用に供したいという▼「皆さんと一緒に作る『字典』に協力を」という同協会の呼び掛けに、多少なりともご関心をお持ちくださったら、ぜひ☏〇三-六四一七-九五六六の同協会へ!
  • コラム№1186~1190
    • かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1190)

      投稿日:2021年5月10日

      高校用「国語」新教科書、お目見え!

       新しく編まれた高等学校用の「国語」の検定済み教科書(一年生用)が、いよいよお目見えした▼三年前に新学習指導要領が告示されて以降、本紙も報道や解説に力を入れてきた「中学校書写の高校国語科への延伸」構想が具体的に示される可能性のある最初のステージと、多くの関係者が期待してきた新教科書である。本社も当然、公表当日の朝に記者を文科省に急行させた▼が、いわゆる〝白表紙本〟をチェックした限りでは、残念ながら「目次」に書写関連の項目を立てた教科書は皆無で、コラム等の形で「書写」や「文字文化」「漢字・仮名の歴史」などに関する記述を設けたり、巻末に小・中学校の国語科書写の「まとめ」のような記述を設けたりといったケースもゼロだった▼もっともこれは十分に予測されたことで、なぜなら各社版の編集・執筆に当たったのは恐らく高校国語科のベテラン教員陣と、教員養成系大学学部の国語担当の教授陣で、完全には確認していないが、「書写」関係者が加えられたケースはなさそうだからである▼そして、一年生用にないものが二、三年生用で盛り込まれることも期待薄だから、従来から折に触れて叫ばれてきた書写・書道と国語の先生達の交流の場や共同研究、情報交換の機会が、ますます必要となってきそうだ。
      かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1189)

      投稿日:2021年4月15日

      聖徳太子は実在した?!

       「聖徳太子と法隆寺」展のためにおさらいをしようといろいろ当たっていたら、「聖徳太子は実在しなかった」「聖徳太子が教科書から消えた」などの情報があふれ、ビックリした▼実際、最近の歴史の教科書では「厩戸王(聖徳太子)」と、何とカッコ付きにするのが主流らしい。もっともそれは太子の全否定を意味しているわけではなく、文科省や学界が従来の「聖徳太子像」の典拠となってきた日本書紀の検証を進めた結果、あのスーパースターとしての聖徳太子像は修正の要がある、となったということらしい▼当時、十七条憲法や冠位十二階、遣隋使派遣、国史編纂などのめざましい国家的取り組みが行われたことは認めていいとしても、あの全てを太子の功績とするのは無理があり、厩戸王(うまやとおう)イコール「聖徳太子」ではあり得ない、ということか。と言って、「法華義疏」の価値まで云々するのは軽率に過ぎ、真正筆者探しは今後千年?の課題となるのだろうか▼それで思い出すのは、「聖徳太子の母は半島(百済)出身か」という情報が駆け巡り、我々「歴男」も、さもありなんと耳を傾けたのはついこの間のことだが、今や影も形も見当たらぬ。有力な反証でも提起されたのだろうか。げに、〝歴史認識〟は恐ろしい!
      かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1188)

      投稿日:2021年4月15日

      「デジタル化」ということ

       近年、つくづく「デジタル化」ということが喧しい。学校教育でも、「教科書のデジタル化」などという議論まで、真顔で行われている▼「デジタル」という語が未来を拓く〝夢のキーワード〟のように扱われ、文科省も「授業改善や、特別な配慮を必要とする児童生徒等の学習上の困難低減のため、学習者用デジタル教科書を制度化する」などと言い、今後は「必要に応じてデジタル教科書を」などと叫んでいる。そして、「デジタル教科書とは、紙の教科書の内容の全部をそのまま記録した電磁的記録である教材を指す」とするが、それでは単に「ペーパーレス」であり、「えせデジタル」、〝目くらまし〟ではあるまいか▼ちょっと知ったかぶりをすれば、そもそも〝デジタル化〟とは、「山」という字を「11100101 10110001 10110001」(バイナリ変換)とか、「e5b1b1」(HEX)とかの記号に置き換えることであり、さらにはそれを、言葉が適切かは分からぬが〝脳波化〟して各自の脳に直接届けるとか、あるいはイメージ化用チップを各自の脳に埋め込むなどのことまでを意味しようから、これはもう、目や耳や手をもつ人間が「人間をやめる」ことを求められる世界かも。そんな世界を我々は、子供たちは、望むのだろうか。
      かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1187)

      投稿日:2021年4月15日

      「現代名家の臨書書法」連載スタート

       「臨書」という語の〝初出〟は唐太宗関係の文献という説があるが、真偽のほどは定かではない。だが、初唐にこの語が見られるということは、大きな手掛かりだろう▼本紙の新企画、「現代名家の臨書書法」がスタートした。「開幕投手」の人選は、即決で決まった。ちょうど、成田山で新井氏の回顧展が開かれていて、氏の「折帖臨書二百冊」が公開中であることも決め手になった。近代の名家・大家の中にも、折帖の臨書を残した人はいくらもいるが、200冊、それも定年後の10年でという例は、寡聞にして他には聞かない▼ではなぜ、それほどまでに新井光風は「折帖臨書」にこだわったのか。その答えを金田石城がインタビューの中でつぶさに聞き出していて、貴重な「肉声」となっている。まず、折帖は「紙幅が狭い」という。つまり、折帖は文字を書く用具用材としては問題ないとしても、余白など空間的な面を考えると難がある、ということなのだろう。それなのに、なぜ折帖なのか? それは、「折帖は途中で捨てるわけにいかない」「だから格段に真剣になれる」からだという。これは傾聴すべき言葉だと思う▼そして臨書は、「終われば自分には、二度と開く必要はない」とも。実に明快だ。
      かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1186)

      投稿日:2021年4月15日

      住川教授の「手紙だんらん室」完結

       鳥取大の住川英明教授が、本社の《書統》誌に2010年から連載してくれた「手紙だんらん室」と題するエッセーが、3月号で一応完結となった▼エッセーは毎回、日本近代の書家ではない傑出した芸術家や文化人の手になる手紙やはがきを取り上げ、それに「交じり書」の作例として考察を加え、文面を解読し、その背景にまで言及したもので、しかもほとんどは彼のコレクションともなっているようだから、これを1冊にまとめるときには、話題性あるイベントもやれそう。全面的に手伝おうと思う▼この11年間に彼が紹介したのは、42人の100通前後の手紙類で、内訳は日本画家11、小説家10、洋画家7、歌人5、俳人4、その他5人。彼に10選を選んでもらったところ、前田青邨(封書)、速水御舟(封書)、長塚節(封書)、棟方志功(封書)、萩原朔太郎(封書)、堀辰雄(葉書)、高村光太郎(封書)、藤田嗣治(封書)、幸田露伴(封書)、鏑木清方(封書)というリストを送ってくれた▼これについて彼は、「棟方志功の封書は、もらった手紙の裏面を使って新たな手紙を書く傍若無人さだが、自由闊達、清々しい力強さがある」などと付記している。《書統》の次号で、「連載を終えて」と題する彼の一文を掲載することにしている。
  • コラム№1184~1185
    • かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1185)

      投稿日:2021年4月15日

      金田氏とタッグを組んで、もう一仕事

       「人間五十年、下天の内を比ぶれば、夢幻の如くなり」の信長の言葉はよく知られているが、この高齢化時代、「長年〝人を食って〟きて相変わらず元気な」80歳萱原が79歳金田石城と組んで、もうヒト仕事しようという流れになった。世の中、一寸先は〝光明〟である?!▼私は西洋美術・美学については、ほんの少しでもかじった経験はあるにしても、書は人並みに字が書ける程度だから、本紙では評論はもっぱら堀江知彦、小野寺啓治、田宮文平といった専門家にオンブにダッコでやって来た▼社員らにも、連中は皆、大東の書道科出身なので、つい評論まがいのことを書きたがる傾向もあるのだが、かつて書壇の大先生から、「お前のところの記者は、随分偉そうに評論しとるな」と言われたこともあり(これは大東ではない某大卒!)、「評論はするな」「事実を伝えるのが新聞記者の仕事」と教育してきた▼もっともそんなことからかつて、小野寺啓治に「君の新聞は、点数と場所しか書かないね」とからかわれたものだが、まあそれはそれ。その私がここへきて、金田とタッグを組もうという話になった。20代に日展入選6回などの経歴が示すように、確かな技術と知識を備えた彼に、本紙の目・耳として大いに活躍してもらおうと思う。
      かや はら

      萱原晋のコラム(風信帖/№1184)

      投稿日:2021年4月15日

      斜陽に立つ〝新聞〟

       新聞はメディアの王者として、報道と広告の世界では長く社会に君臨してきたと言えるだろうが、ここへきての凋落ぶりは目を覆うばかり▼日刊紙の場合、発行部数が広告の実勢料金に反映する仕組みなので、第三者機関が消費した用紙の数量を監視しており、ほぼ正確な数字が公表されている。それによると、昨年5月の時点で、読売が700万部強(ピークは1,028万部)、朝日が500万部弱(同842万部)、毎日が200万部(同488万部)、産経が100万部強(同220万部)である▼それだけでなく、読者層にも変化が顕著のようだ。昨秋、文字文化検定協の機関誌『文字だ!』で「美文字だ!練習帳」を付録に付けたので、読売と朝日に広告を打ってみた。すると1,000件を超える問い合わせがあり、嬉しい悲鳴を上げたのだが、何とそのレスポンスの90%以上が70~90代の男女という結果で、ビックリ。そういう時代なのである▼かくいう本紙も、ピーク時は1万部を大きく上回っていたのに、残念ながら今は当時の半分で四苦八苦している。が、「吾輩の目の黒いうちは」と、冷や水飲みながら頑張っており、今年から、業界で重宝されている全国の展覧会の「開催情報」のWEB配信を、試験的に始めた。