(1)      (昭和51年6月7日第三種郵便物認可)美術新聞社報 平成29年(2017) 11月22日(水曜日)
  
投稿日時: 16年07月15日

 欧陽可亮の遺作をめぐる、名門大学と遺族との間の所有権争いは、遺族側全面敗訴で決着した。しかし遺族側は納得せず、法廷闘争はさらに続く見通しとなっている

▼この訴訟では、もともと大学側は法律論的にかなり有利な立場にあり、遺族側の苦戦は予想されていたが、その割には判決は素人目にも不備が多い気がする。例えば、裁判所が300点の作品を十把ひとからげに括って、時期も特定せずに女性側に所有権の移転を認定し、作者は死亡時には作品を持っていなかったからと相続権を認めなかった点は、1つのポイントとなろう

▼作者は死亡の直前まで制作意欲を持ち続け、研究も続けていたのだから、本当に手元に1点も残さず、特に恩師の董作賓や石叔明の作品まで手放していたというのは、常識的に疑問が残るところだし、1点でも死亡時に作者の手元にあったことが証明されれば、「請求に理由がない」との結論は崩れる可能性もある

▼また例えば、作者が死亡して半年後に女性は、三鷹市への寄贈に踏み切っているが、その際の寄贈者の筆頭は作者の長男となっている。作品は「すべてもらったもの、自分のもの」という認識なら、遺族の名を使う必要があっただろうか。藪の中というほかない。

(書道美術新聞 第1080号1面 2016年7月15日付)


投稿日時: 16年07月01日

 美術新聞社では目下、創立30年の書振連(全日本書文化振興連盟)立て直しのため、「書塾協(全国書道教室協議会)時代の原点に立ち返る」を合言葉に、全国の書塾指導者各位にアンケートをお願いしている

▼過日、頂いた回答の「ご意見」コーナーにこんな主旨の書き込みがあった。「各市や県での市展、県展における審査不正は相変わらず目に余る」「日展や全日展で、不正が白日のもとにさらされてから、地道に段級を取っていつかは挑戦しよう、つらいけど頑張ろうという人がいなくなった」

▼この方自身の塾の生徒数は、10年前の270名から現在は230名と、それほど激減というわけではないが、発行している競書誌の部数は実に20年前の5分の1とか。適当な他誌との統合も考えざるを得ないと、悲痛な声を洩らされている

▼この方のお住まいの県は歴史的に書道が盛んで、県展も全国では上位にあると考えられているところだが、内情は別なのだろうか。とにかく、こうした赤裸々な声を交わし合い、情報を共有しながら力を合わせて、社会の信頼を取り戻す努力を積み重ねる以外、道はないのだろう。それには、1人1人ではどうにも力不足。連帯、連携が不可欠と思うのは筆者だけだろうか――。

(書道美術新聞 第1079号1面 2016年7月1日付)


投稿日時: 16年06月15日

 北京匡時が春のオークションを開き、3日間の売り上げ(落札総額)が日本円で400億円を超えて過去最高記録と、久々に威勢よく資料を送ってきた
 
▼同オークションも昨今はご多分に漏れず低調で、昨年も年間のトータルの売り上げが360億円という冷え込みぶりだから、1回でこれを超えたとあっては明るい表情も無理からぬ話。もっとも、書画にめっぽう強みを発揮する同社も、北京の大手美術品オークションの中では最後発

▼今年がやっと創業10周年で、今回は下見会初日の夜に、常連客はもとより全国から有力財界人や世界的コレクター、有名芸能人などを多数招待して派手なパーティーを開き、余勢をかっての開催だったから、これで彼の地のオークションが息を吹き返すと見るのは早計かも

▼そのへんの事情を窺わせるのが、今回書作品で最高額を記録した上掲の王鐸である。読者各位なら当然見覚えがあると思うが、これは6年前の2010年に同じ北京匡時の秋のオークションに日本から出品され4、536万元まで値を飛ばして話題を呼んだ、あの故村上三島氏旧蔵の作品そのものである。これが再び現れて犧2鵑虜嚢盂朖瓩範誕蠅箸覆襪△燭蠅蓮⊆膾甜埖Δ龍賚が察せられるというものである。

(書道美術新聞 第1078号1面 2016年6月15日付)


投稿日時: 16年06月01日

 全国の33の省や市・自治区にしっかりした地方組織をもつ中国書法家協会。完全なピラミッド構造でほぼ全書法界を網羅し、結集した有力書法家の数は実に1万5千名を超えるという、準国家機関ともいうべき組織である

▼この組織が、彼の国を一党支配する党の下部組織であることは今回初めて知ったのだが、そうした関係であれば、その党が文字を素材とする表現芸術である「書」の在り方の指導に乗り出すのは、不思議でもなんでもない

▼ただ、われわれとして慎重に受け止めたいと思うのは、「過去のある一時期、書法界には、完全に書法芸術の歴史と伝統に背を向けた試みが行われたことがありました。しかしそれらは、完全に伝統を放棄したといえる現象で、おそらく書法芸術の向かうべき方向ではなかった」という劉氏の発言である

▼蘇氏の談話にあった、「近年、中国の書法は少し本流から外れた動きが目立っていたように思います。一部に、書法の歴史伝統を忘れて勝手気ままに書いてよしとするような風潮も見られました」「でも、中国書法の混乱の時期はもう終わりました」という発言と劉氏の発言に通底するものについて、十分に認識しながら、今後の彼の国との交流も考えていかねばなるまい。

(書道美術新聞 第1077号1面 2016年6月1日付)


投稿日時: 16年05月15日

 蘇士澍氏は1949年、北京生まれだから、当年とって67歳の働き盛り。そして、プロフィールには常に、「満族」と付く人物である

▼少し説明しておくと、蘇氏が師と仰いだのは啓功氏で、この方は亡くなってまだ10年ほどにしかならないが、その作品は近年の北京の一流オークションで、1度など1億円を超える高値を記録したほどの超ド級の現代書法家だが、この方が実は「満族」で、蘇氏は啓功氏の猗訛△短勠瓩箸發いΔ戮関係である

▼そして、その啓功氏の姓が「愛新覚羅」だと聞けば、分かる人は誰しもあの猗畄爐遼州国皇帝甍新覚羅溥儀を想起するが、実はもっと遡れば、その血脈は「清代」を築いた満族(女真族)の王家そのもの。啓功氏は第五代雍正帝の九代目の孫という出自である

▼少々脱線したが、初めて会った頃の蘇氏はまだ40そこそこで、北京の文物出版社で、幾つかある編集部の1つの部長をしていた。この出版社は、中国政府の文化部だか国家文物局だかの直轄という名門出版社で、蘇氏はその後、副社長、社長を歴任して、全国政協の常務委員にまで上り詰め、中国書法家協会では第6次から副主席を務めてきた。「蘇主席」の実現には、日本でも歓迎ムードが高まっている。

(書道美術新聞 第1076号1面 2016年5月15日付)


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