萱原(かやはら)晋のコラム(風信帖/癸隠隠牽検

 21年04月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

「デジタル化」ということ

 近年、つくづく「デジタル化」ということが喧しい。学校教育でも、「教科書のデジタル化」などという議論まで、真顔で行われている▼「デジタル」という語が未来を拓く猝瓦離ーワード瓩里茲Δ飽靴錣譟∧顕幣覆癲崋業改善や、特別な配慮を必要とする児童生徒等の学習上の困難低減のため、学習者用デジタル教科書を制度化する」などと言い、今後は「必要に応じてデジタル教科書を」などと叫んでいる。そして、「デジタル教科書とは、紙の教科書の内容の全部をそのまま記録した電磁的記録である教材を指す」とするが、それでは単に「ペーパーレス」であり、「えせデジタル」、猝椶らまし瓩任呂△襪泙い▼ちょっと知ったかぶりをすれば、そもそも爛妊献織覯臭瓩箸蓮◆峪魁廚箸い字を「11100101 10110001 10110001」(バイナリ変換)とか、「e5b1b1」(HEX)とかの記号に置き換えることであり、さらにはそれを、言葉が適切かは分からぬが倏焦伐臭瓩靴導銅の脳に直接届けるとか、あるいはイメージ化用チップを各自の脳に埋め込むなどのことまでを意味しようから、これはもう、目や耳や手をもつ人間が「人間をやめる」ことを求められる世界かも。そんな世界を我々は、子供たちは、望むのだろうか。




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