風信帖(1074)

 16年04月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 「王羲之…展の会場を巡りながら、かう考へた」、漱石ならさしずめこう書き出すだろうか

▼「百聞は一見に如かず」、まことに至言である。出版社の社長としては甚だ面目ないことではあるが、こと「書」については、どんなに最新の印刷技術を駆使しても猊簡広瓮譽戰襪里發里靴作れないと、しみじみ思ったのである。とにかく湧きあがって来るのは、書者の気迫であり息づかいである。写経についても例外ではなかった。むろん並んでいる作品(写経も含めて)の質が、それほどのものということなのだろうが

▼それに比べると拓本は、どんな名拓精拓でも、これなら出版社にも出る幕はありそうとも感じた。そうした意味から言えば、「孔侍中帖」もさして足は釘付けにはならず、何となくアラ探しをしているような自分に気づいたのだが、これは根っから左脳人間の筆者の犹廚すみ瓩邪魔してのことかもしれぬ

▼実は今回の「王羲之…展」では、最近はめったに出向かない「記者内覧会」に出て、わずか十数人のマスコミ関係者だけでゆっくり、という特別なもてなしにあずかったので、こんな今さらの感想を書いた次第だが、それにしても、見応えのある展覧会である。新幹線代も決して惜しくはない――。

(書道美術新聞 第1074号1面 2016年4月15日付)




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