風信帖(1067)

 16年01月01日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 小野寺啓治の「偲ぶ会」の発起人代表を務める巡り合わせになったことで、この1か月、彼の年譜を整理したり、彼の評論記事を読み返したりする機会が多かった

▼彼は学習院大で美学を学び、武蔵野美術大で助手を務めながら「民芸」の研究に打ち込んでいたのだが、大学での教職科目で「書道」を石橋犀水に学んで開眼、書道評論を志したことで私との接点が出来たとは、以前既に本コラムで紹介した通りである

▼そこで過日、思い立って彼の本格的な書道評論の第1号というべき記事を探し出し、懐かしく読んだ。それは、当時私が関与していた『新美術新聞』の昭和47年11月1日付に載せた「書壇時評」と題する記事で、これが第1作であった

▼何分にも彼も初めてで、「どんな風な記事にしたらいいだろう」「とにかく新聞だからね、批判精神を忘れないようにしようよ」と話し合い、初めのうちは彼が8割、私が2割くらい口を挟んで記事を作ったものであった。そして、第1作の見出しを「書の指導者の過失」にしようと私が提案したのは、まだ一字も書き出してない段階だったことを、昨日のことのように覚えている。今、読み返してみて、ぜんぜん陳腐化していない内容であることに驚きもし、満足感も――。

(書道美術新聞 第1067号1面 2016年1月1日付)




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