風信帖(987)

 12年07月01日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 現時点で半島最大の木簡出土地となった咸安の山城城山遺跡は、6世紀の三国時代、それからわずか100年ほどで半島の覇者となる新羅の国力伸長ぶりと、一方で歴史ある「弁韓」の盟主、伽耶の滅亡のドラマを今に伝えていると思うと、すこぶる興味深い

▼それにしてもなぜこの遺跡一所から、それまでの四半世紀にわたる20か所もの遺跡の出土数に匹敵するほどの大量の木簡が出たのか。それだけでなく、そもそもなぜ半島では木簡の出土がかくも少ないのか。ナゾはナゾを呼ぶ状況だが、実際問題として列島の出土数30万点と、半島の出土数500点との開きが何を意味するかについては、まだ専門家にも見当がつかないらしい

▼とはいえ、彼我の木簡の相違点も明らかになりつつあり、たとえば用いられている樹種は完全に異なるという。列島の木簡は概ね杉や桧だが、半島の咸安の木簡は大半が松。それ以外にも栗やクルミなどの例はあるというが、これは半島の野山の植生と関係してのことなのだろう

▼まあ、そんな大昔の植生のことはともかく、一部の木簡、たとえば付札木簡の形状の類似には驚かされる。これはやはり、100年遅れの列島の木簡が、半島文化に由来する証左でもあるのだろう。

(書道美術新聞 第987号1面 2012年7月1日付)




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