「宸翰・天皇の書」展

掲載日: 12年10月01日 | カテゴリ: トップ記事

歴代天皇の140件一堂
10/13京都国立博物館で開幕


 「宸翰・天皇の書」展が10月13日、京都国立博物館で開幕する(11月25日まで)。
 
 同展は、「御手(みて)が織りなす至高の美」の副題で開かれる同館企画の特別展で、正倉院宝物をはじめ延暦寺、神護寺、宮内庁などの蔵品によって奈良から昭和までの歴代天皇の書蹟を中心に合わせて144件(国宝17件、重文66件、重美14件を含む)を展示するが、このうち140件近くが「宸翰」で占められており、「これほどの宸翰が一堂に展示されることはまさに奇跡的」、「二度と実現することはないだろう」(同館)というほどの、今秋必見の大型企画展だ。(本紙7面に関連グラフ)
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 「宸翰(しんかん)」は一般に天皇の書いた文書や手紙などを指す語で、「宸筆(しんぴつ)」、「御筆(ぎょひつ)」などとも呼ばれる。
 
 
 古より歴代の天皇は、その出自からして幼少時より文芸や学問を深く修め、手習いも必須の修練項目とされてきたから、三筆の一人として名高い嵯峨天皇をはじめとして、能書の誉れ高い天皇は数多い。
 
 そして私的な書状から日記、和歌懐紙、色紙、短冊、写経、詔勅などまで、天皇の書と伝えられる書蹟は今も数多く残されており、むろんそのうちには伝称品も少なくはないが、「紛うことなき宸翰」(同館)もまた、多数、大切に守り伝えられている。
 
 
 今に伝わる最古の宸翰は奈良時代の聖武天皇の「雑集」とされるが、「雑集」に当時日本に浸透しつつあった王羲之書法や 遂良書法の影響が色濃く窺えることは、よく知られている。
 
 これ以降も歴代の天皇の宸翰は、平安時代には三筆・三跡の書や法性寺流が、鎌倉時代になると黄檗の書や宋・元書法などの影響が見て取れるものとなっている。
 
 また、鎌倉時代以降は天皇の書風を総称して「宸翰様」と称することもあり、「宸翰」は総体としては和様書の流れの一端を占める、日本書道史を構成する枢要な一要素と見るべきものとなっている。
 
 
 今回展についての報道発表の資料によると、会場での展示は第1章=宸翰の世界、第2章=三筆と三跡、第3章=唐風と和様‐宸翰様への道、第4章=きらめく個性‐宸翰様の展開(1)、第5章=書聖・伏見天皇、第6章=個性の継承‐宸翰様の展開(2)、第7章=模索と胎動‐第二の宸翰様へ、第8章=新時代の幕開け‐第二の宸翰様、の8パートで構成されることになっており、こうして伏見天皇を「書聖」と位置づけて単独で一章を充てている点は、ひとつの見どころといえそうだ。
 
 
 このように多彩な内容だけに主な展示品をピックアップして紹介するのはなかなか困難だが、中では例えば、21歳で没した高倉天皇の現存唯一の宸翰「高倉天皇宸翰・消息」(国宝・仁和寺蔵)の肥痩に富んだ豊かな感受性を窺わせる書や、朱で押された手形が今も生々しい「後鳥羽天皇宸翰・御手印置文」(国宝・水無瀬神宮蔵)、古来藤原行成に勝るとも評されてきた「伏見天皇宸翰・後撰和歌集巻第二十」(重文・誉田八幡宮蔵)などは、所蔵者の関係もあってなかなか見る機会が少ないものだけに、特に見どころといえるだろう。
 
 
 その他の主な出品は、以下の通り。
 
 
▽聖武天皇宸翰「雑集」、「花園天皇宸翰・消息」(重文)、「金剛般若経 後奈良天皇宸翰」(重文)、藤原行成筆「書巻」(本能寺切・国宝)、「後深草天皇宸翰・消息」(重文)、「亀山天皇宸翰・願文」(国宝)、「後二条天皇宸翰・消息」(重文)、「伏見天皇宸翰・願文」(重文)、「後醍醐天皇宸翰・天長印信」(国宝)、「後小松天皇宸翰・消息」(重文)、「後陽成天皇宸翰・消息」(重文)、「後水尾天皇宸翰・覚書」、「後桜町天皇宸翰・短籍」(重文)、大正天皇宸翰・一行書「仁智明達」ほか。


 問い合わせ等は、TEL075−525−2473同館へ。



(書道美術新聞 第992号1面 2012年10月1日付)



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