”幻の名帖”デジタル技術で復元

掲載日: 08年01月01日 | カテゴリ: 書道美術新聞【1面】

“幻の名帖”デジタル技術で復元

原爆被災の「遊目帖」
二玄社が2月発売
影印本もとに“完全複製”

 書道出版大手の二玄社はこのほど、同社が北京の文物出版社と協力して進めてきた王羲之の犖犬量渉´瓠嵳渓楪 廖慕翕堋 砲隆袷管元版をこの2月にも発売すると発表した。同帖は、内藤湖南が跋文中で6世紀南北朝期の搨模本と見立てた逸品で、乾隆帝時代には清朝内府にあったことが知られるが、義和団事件の混乱の中で流出。大正初期に日本国内で一度公開されたのちは行方が分からず、広島の原爆の劫火で失われたと見られている。このため今回の復元は、今日数本が残るコロタイプ印刷(単色版)の複製から最新のデジタル技術で原色に戻す作業が行われたところに大きな意味があり、関係各方面を裨益する貴重な取り組みといえそうだ。

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 王羲之の「十七帖」にも刻入されている「遊目帖」(蜀都帖)は、その精良な搨模本が清朝の内府にあったことは、乾隆帝の収蔵品目録『石渠宝笈』(せっきょほうきゅう)の記載で確認される。


 同帖はその後、19世紀に道光帝の第六皇子恭親王奕 (えききん)に下賜され、顔真卿の「自書建中告身帖」などの名品とともに恭王府の所蔵となっていたとされるが、1899‐1900年の義和団事件後の混乱期に海外に流出し、広島の収蔵家安達万蔵の手に帰したとされる。


 その後はただ一回、1913年(大正2年)に京都で開催された大正葵丑蘭亭展に出品されたことがあり衆目を集めたが、以後の消息は一切不明で、状況的には所蔵者安達万蔵が終戦時まで広島の中心地に住んでおり原爆で被災したと見られているため、同帖もこのときに失われた可能性が大きいとみられている。


 しかし幸い所蔵者は1933年にコロタイプ印刷による影印本を少部数ながら作成していて、その何本かが今日に残っていることから、このほど二玄社と文物出版社が協力してこのコロタイプ影印本をもとに綿密な検証作業の末、最新のデジタル技術を駆使、同帖をカラーで精密に復元することに成功したもの。


 今回の復元に当たって、デジタル製版技術を提供したのは文物出版社側とされるが、工程上では、特に二玄社が長年にわたって台湾故宮博物院蔵の同じく王羲之の搨模本名帖「快雪時晴帖」などをはじめとする多数の貴重書蹟の“完全複製”を手掛けてきた経験が生かされていることにも意義があり、これにより学術研究にも寄与し得る復元事業となっている点は、高く評価されていいだろう。


 なお完成した帖は、既に12月中に北京の美術館で披露展示を終えているが、唐の貞観時代から清代に至る各時代の所蔵者らが押したものと見られるおびただしい蔵印、割印等も見どころの本紙と各時代の有力人士らの手になる跋を中心に、巻頭には乾隆帝の題字や引首、巻尾は日本の内藤湖南の跋文までを含めて、タテ28.8センチ×横4メートルの長尺の巻子全編が完全復元されており、鑑賞価値もすこぶる高い。


 問い合わせ等は、TEL03‐5395‐0511同社へ。


(書道美術新聞 (第883号) 2008年1月1日版 1面)



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