(1)      (昭和51年6月7日第三種郵便物認可)美術新聞社報 平成29年(2017) 11月24日(金曜日)
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掲載日: 14年07月01日

原碑と拓本李商隠書蹟、初見参
西安で「王翊元夫婦墓誌」が出土



 李商隠書丹の墓誌が西安で出土したらしいというニュース自体は数年前のものなので、いささか旧聞に属するともいえるが、このほど西安交通大学に招かれて現地へ赴いた機会に同墓誌を実見したので、まだご存じない読者のために紹介しよう。
 
 これまで李商隠(813〜858)の書名は北宋の『宣和書譜』に聞こえるのみで、確かな書蹟の存在は、知られていなかった。
 
 それだけに、「王翊元夫婦墓誌」と略称されるこの墓誌の出現は、書法史上の大発見といえるだろう。(萱原 晋)(本紙6面に関連記事)

 ◇ ◇ ◇「王翊元夫婦墓誌」(剪装本/冒頭部分)

 墓誌の年代が、記載内容から大中3年(849)と正確に特定できることもこの資料の価値を高めており、これによりこの書は李商隠37歳の書であることが分かる。
 
 
 時代は、欧陽詢らが腕を揮った時期からは約200年、顔真卿からは約100年下るもので、誌石の寸法はタテ62×ヨコ61臓厚さは約10臓
 
 一行34字、全34行にわたって総字数約1,050字ほどの銘文が、径1.5cmほどの整然とした楷書で刻まれている。
 
 地中に埋納されていたことで、誌面のごく一部に破損による判読不能な部分が見られるものの刻に傷みはほとんどなく、ほぼ完品といっていい状態。
 
 しかも、「撰并書」が李商隠であることばかりでなく、「斗杁元弼」と刻者名を留めていることにも目をひかれる。
 
 
 『宣和書譜』には、李商隠の書は「字体妍媚、意気飛動」と形容され、「今御府に所蔵するのは2点。
 
 正書では『月賦』、行書では『四六本藁草』」とあり、楷書と行書に定評のあったことが窺われる。
 
 
 そこでこの墓誌を調査研究している西安交通大学の鍾明善教授も、「まだ、その『藁草』の書がどんなものかは分からないにしても、この墓誌によって楷書については拓本でこれほどつぶさに見られるようになった。
 
 なんと幸せなことだろう」と話している。
 
 ちなみに同教授は既に昨年、「王翊元夫婦墓誌にみる李商隠の詩文と書法」と題する論文を発表している。
 
 
 李商隠は、字は義山、号は玉谿生、また獺祭魚とも呼ばれた、今日の河南省沁陽市の人で、進士に合格した官僚政治家だが、官僚としては不遇だった。
 
 しかし、晩唐の詩人としてつとに名を知られた存在で、その寓意に富む唯美的で幻想的、また官能的とも評される詩風は当時から愛好者が多く、同時代の温庭 と共に牴考瓩畔造咯里気譴拭
 
 
 北宋初期に一時期大流行をみた「西崑体」(典故を多用する華麗な詩風)詩派の祖と位置づけられる人でもある。
 
 墓誌が撰文も李商隠であることからすると、文学史的な面からも貴重な発見といえよう。



(書道美術新聞 第1033号1面 2014年7月1日付)


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