(1)      (昭和51年6月7日第三種郵便物認可)美術新聞社報 平成29年(2017) 10月22日(日曜日)
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1年生から「水書」、どう指導?!
掲載日: 17年08月01日

「水書、毛筆じゃない」
長野氏 都小書研・研修会で力説

 都小書研(東京都小学校書写研究会=高島一広会長)は7月26日、東京・港区立本村小(山村登洋校長)を会場に、同研究会恒例の夏季研修会を開催した。

同研究会は都内の公立小教諭らを中心に組織されているもので、今春の文科省によって改訂された新「学習指導要領」の告示や、6月の同「解説書」(電子版)の公表を受け、今回は加入会員の7割近い参加で、大きな盛り上がりを見せた。

今年の研修会では、午前中に宮絢子・前東京家政大准教授を講師に「書写実技・指導法を学ぼう‐水書用筆の導入に向けて」と題するタイムリーな現場教員向けの「書写」指導法の実践講習、午後は長野秀章・東京学芸大名誉教授を講師に「書写指導研究の視点とその考え方」と題する講演、さらに分科会に分かれての研究協議などが行われた。

本号では以下に、長野氏の講演から、小学校現場で「書写」指導に当たる教員に対する指導研究の在り方に触れた部分と、現行の平成20年版「学習指導要領」と新しい「学習指導要領」とを対比して解説した部分をピックアップして抄録し、紹介する。

 ◇ ◇ ◇

「講演」から(抄)

◆これからが本番

 このたび告示された新しい『学習指導要領』と、合わせて公表された『解説書』では、小学校低学年の書写の「内容の取扱い」に、「水書」の導入を柱とするかなり踏み込んだ改訂が行われました。

これは言ってみれば、昭和43年に「毛筆」が小学校3学年から必修になったこと以来の一大慶事ではないかと、私は個人的には思っております。


 お手元の資料でご覧頂きますように、私はこの7月に出た『全書研会報』の冒頭に寄稿し、「これからが本番」と題して、次のように書きました。


 「3月末告示の指導要領の書写の取り扱いに、小学校低学年に具体的内容が示され、中学校には第3学年において『文字文化』というキーワードが指導事項に示されました」


 「では、どのようにこの指導内容の具体化を図っていくのか。このことは、全書研をはじめとする書写・書道推進協議会などの運動や、現場の先生方のご理解、そして実践にかかっていると言っても過言ではありません。まさに、『これからが本番です』」


 つまり、小学校低学年に「水書用筆」による指導が導入されるなど、大きな改訂が行われましたので、先生方のこれまでのご協力に感謝しつつ、これからが大事であり本番、一層のご協力をお願いしなければならないと思っております。

◆小・中書写の実態

 同じく『全書研会報』への寄稿では、今度の指導要領の改訂へ向けた運動の核として文科省へ提出させて頂いた報告書の内容を基に、「小・中学校の書写授業の実態」として、次のようなことも書きました。

 
 「市町村教育委員会主催の講習会におきましても、参加される先生方は書写の研修として参加されても小学校へ戻られたら実際の授業は管理職にお任せの状態である」、「中学校の国語授業として書写の授業が実施されにくい」、「毛筆に関しては『書き初め』で終わりというような、あまり認めたくない実態が散見される」

 
 こうした実状は大変残念なものであり、このような状況を少しでも改善するためにも、今度の指導要領の改訂を機に、小学校ではできれば担任教員の皆さん方自身が、中学校では国語の教員1人1人が、指導要領に示されている授業時数を確実に実施して頂くよう、全書研としても一層踏み込んだ運動を進めていくべき時期に来ていると思っております。

 
 従いまして、現場の先生方もそういった現状を改善する方向に向かって努力をして頂くと同時に、各校の校長先生方には、他の市区町村の小学校との連携を強め、改善を図って頂きたいと強く思っています。そうでなければ、隔靴掻痒、いくら指導要領がよい方向に変わっても、何も変わらないという結果になりかねないからであります。

◆指導研究の在り方

 ところで、私はこれまでもこの都小書研の研究授業を何度も拝見してきて思うことなのですが、そろそろOBの先生方が安心するような授業を目指すのは、やめるべき時期ではないかということです。研究授業でよく、「OBの先生方のご意見を聞きましょう」などと言いますが、そうではなく、むしろOBの先生方が見たことも経験したこともないような授業をやるべきだというのが、私の考えです。「こんな授業、やっていいの?」と、OBの先生方に言われるような研究授業をやる必要があると思うのです。


 「試し書きをして⇒今日のねらいを発表し⇒筆で書いて⇒論点について班で話し合って⇒最後にまとめを書いて⇒はい、よく出来ました」的な、十年一日、通り一遍の指導プロセスを研究会で見せ合うことは、もう時代遅れです。「書写」の一般的な指導内容を伝播し共有しなければという段階は、もう終わったと思います。あるいは地方では、まだそういう研究会も必要かもしれません。しかし、少なくとも都小書研の研究会では、もう終わりにしてほしい。東京都の研究会はやはり、全国をリードしていく立場であってほしいと思って、そう申し上げる次第なのです。

 
 話は変わりますが、師範学校以来、字が上手、毛筆書きが上手でなければ習字の授業はできないというような印象が植え付けられ、戦後も、そうでなければ書写の授業はできないという固定観念が守り伝えられてきている面があるようです。しかし今日、そんなことを言っていたら、書写の授業をやる人などいなくなるでしょう。

 
 ところが今でも、書写の研究会や講習会の最後の講評で講師の先生が、「今日の授業の先生は、板書の字がとても上手だった」などとコメントされることが多いようです。これは結果的に、「字が上手な人でなければ、書写の授業はできない」ということを暗に言っているようなものです。ですから私は個人的には、もうこんな講評は聞きたくないとさえ思っています。

 
 子供たちの前で、精一杯の授業をやって、「ぼくらの先生は、黒板の字はちょっと下手だな」と思われたっていいんです。それはそうなんですから。

私は学芸大で学生たちに30年間ずっと、「授業では、何も飾る必要はないんだよ」と言い続けて来ました。

 
 国語科でも数学科も、書写でも音楽でも小学校教員免許を出してきているのですから、字が上手な人もいれば、上手でない人もいます。
 
上手になるかどうかは、個人的な関心や努力の問題であって、授業ができる、できないとは関係ないことなのです。

しかも今では、DVDなどもあります。再生ボタンをポンと押して、「これ見てごらん!」で、何の問題もないのです。

DVDがなければ、クラスの中の字の上手な子供に、「来週は、『まがり』のところをやるから、先生ちょっと苦手だから手伝ってね、頼むね」と言えば、その子は喜んでやってくれます。

それで何の問題もないのです。教師は、「ナビゲーター」に徹すればいい。

ドライブで、運転の得意な人がいれば、代わりに運転してもらって何ら構わない。「方向」さえ、きちっとナビゲーションしていればいいわけです。

書写の授業も、そういう気持ちで臨むのであれば、どなたでもできるはずです。

(以下本誌4面につづく)


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