風信帖・939

 10年06月01日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 筆者が月刊誌『書道研究』の創刊に踏み切ったのは、昭和62年6月のことである

▼書の世界における「創作」と「研究」の“家庭内別居”に架け橋をと熱っぽく語る筆者の相当に無謀な構想を聞いて、青山杉雨氏や宇野雪村氏らと共に「よし分かった」と執筆を引き受けてくれたのが小松茂美氏だった

▼小松さんはその前年に東博を定年退官して「古筆学研究所」を設立したばかりで、その爍鎧間睡眠瓩糧面六臂の仕事ぶりはよく知られていたから、「2、3年先なら」といってもらえたら御の字と、市ヶ谷駅にほど近い研究所を訪ねたのだった。ところが案に相違して、「じゃあ、幕末まで書きましょう」と気軽に請け合い、「平易に」「できるだけルビを」といった狠輅賢瓩砲癲屬いい任垢茵廚肇縫灰縫咳じてくれた時のことを昨日のことのように思い出す

▼そして18回に及んだ連載中、原稿は一度も締め切りを遅れなかったし、マス目はすべてあの美しい筆跡で埋められていた。でも心残りが一つ。「明治以降もぜひ」という筆者に、「今はまだ自信がない」「2、3年後に」といわれて固い約束をしたのだったが、そのままあっという間に20年、今日の永訣を迎えてしまったことである。小松先生、安らかに−−。

(書道美術新聞 第939号1面 2010年6月1日付)




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