風信帖・934

 10年03月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 最近、ある教育研究集会に招かれて短い講話をしたのだが、その前に教室で公開授業を参観する機会があった。当然講話では、その時に気づいたことを話題にした
 
▼「公開授業を拝見して感じたことの一つが、筆や鉛筆の持ち方がよくないということです。多くの子供たちが、指導書などでは好ましくないとしている持ち方をしていました」、「毛筆も鉛筆と同じ持ち方、いわゆる鉛筆持ちに寝かせて持っている子供が目につきました」、「それと、最近OLなどがボールペンを持つときの人差し指を親指で押さえ込む持ち方。あれが子供たちの間でも蔓延しているのに驚きました。なんと、毛筆まであの持ち方をしている子がいました」、「しかし、そういう持ち方でも書いている文字そのものは、全く問題がない。ということは、正しく整った字が書ければ、持ち方についてはあまり厳しくいわないというのが、今の学校のご指導方針なのでしょうか」――

▼高等学校での「書道」の授業を、まず筆の持ち方から始めなければならない、という嘆きの声が聞かれるようになって既に久しい。もしその要因の一つが、こうした小・中学校における書写授業の「結果オーライ」精神のせいだとすれば、やはり由々しきことではあるまいか。

(書道美術新聞 第934号1面 2010年3月15日付)




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