風信帖(1080)

 16年07月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 欧陽可亮の遺作をめぐる、名門大学と遺族との間の所有権争いは、遺族側全面敗訴で決着した。しかし遺族側は納得せず、法廷闘争はさらに続く見通しとなっている

▼この訴訟では、もともと大学側は法律論的にかなり有利な立場にあり、遺族側の苦戦は予想されていたが、その割には判決は素人目にも不備が多い気がする。例えば、裁判所が300点の作品を十把ひとからげに括って、時期も特定せずに女性側に所有権の移転を認定し、作者は死亡時には作品を持っていなかったからと相続権を認めなかった点は、1つのポイントとなろう

▼作者は死亡の直前まで制作意欲を持ち続け、研究も続けていたのだから、本当に手元に1点も残さず、特に恩師の董作賓や石叔明の作品まで手放していたというのは、常識的に疑問が残るところだし、1点でも死亡時に作者の手元にあったことが証明されれば、「請求に理由がない」との結論は崩れる可能性もある

▼また例えば、作者が死亡して半年後に女性は、三鷹市への寄贈に踏み切っているが、その際の寄贈者の筆頭は作者の長男となっている。作品は「すべてもらったもの、自分のもの」という認識なら、遺族の名を使う必要があっただろうか。藪の中というほかない。

(書道美術新聞 第1080号1面 2016年7月15日付)




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