風信帖(884)

 08年01月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 1958年の春の初めての「日本書道代表団」の訪中以降、半世紀もの間これほど親密な交流を続けながらも、先方の情報は常に断片的で、なかなかその「全身像」や「肉声」に接することが出来なかった中国の書法界。それが突然、霧が晴れた――。高氏の講演を聞いた人たちの共有した実感だった...

▼抄録でもこのボリュームなのでなかなか紙面が確保できず、年が明けて漸くご一読頂ける運びとなったわけだが、それにしても公職にある氏が「個人的な印象」と断りつつもここまで踏み込んで話せた背景には、氏自身もいうように最近の中国の「民主化の進展」があることは間違いなさそう

▼一方、わが学界や教育界関係者らも、特にその「教育」の現状については、「これほど共通の悩みを抱えているとは知らなかった」「しかし、あの政府の指導力はうらやましい」などと一様に興奮を隠せない表情だが、書壇の先生方はどうだろう。恐らくは“一読三嘆”! 現代においてもなお、「書法」がこんなにも求心力を維持し、社会に存在感を保っているという事実に、「文化の違い」とやり過ごして済むものかどうか。また公募展に対する取り組みや審査の実態、社会的な関心や監視といった面についても、大いに他山の石とせねば…。

(書道美術新聞 第884号1面 2008年1月15日付)




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