風信帖(1010)

 13年07月01日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 中国の「簡体字」は、不勉強にも戦後の人民中国の専売特許とばかり思っていたが、実はもっと根深い過去があることを知った

▼歴史を紐解くと、識字教育上の負担軽減という今も生きているコンセプトに基づく漢字の簡略化運動の端緒は、清朝末期まで遡る1909年のことらしい。当時創刊された教育専門誌に、陸費逵という人が「普通教育は俗体字で」という主旨の論文を発表したのが始まりとか。その後、1920年代になって論議はさらに活発化し、35年には2,400 余字の「簡体字譜草案」が発表され、同じ頃、当時の国民政府も324字の簡体字表を発表したが、これは猛反対に遭って引っ込めている。そして38年に、字体研究会による1,700字の簡体字表が発表されたまでが、戦前の動きのようだ

▼戦後はむろん人民中国の出番で、1955年から59年までに4次の公布が繰り返され、これが64年に「簡化字総表」2,235字としてまとめられた。その後、77年になって、さらなる字体の簡略化計画が発表されたが、これは酷評を浴びてお蔵入りになった。そして今日、コンピューター時代の到来とともに、漢字の簡略化も意味が薄れようとしているわけだろう。「邯鄲の夢」、いや「百年の夢」――。

(書道美術新聞 第1010号1面 2013年7月1日付)




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