風信帖(1009)

 13年06月15日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 「対聯」のそもそもの起源は、古来中国で元旦に門に飾った魔除けの札「桃符」らしく、これは桃の木の板に百鬼を食すといういわれのある神像や、吉祥文を書いたものだった。この辺までは、わが門松と似通っていたわけである

▼今日に見るような形の対聯の誕生は十世紀、唐から宋への過渡期に五代の一国、後蜀の皇帝孟昶の書いた「新年納余慶、嘉節号長春」が最古の例で、これで後蜀は愁いから解放されたと史書にあるとか。別の史書には、明を興した朱元璋(太宗)が、官府の宅、百姓の家、みな必ず門に「春聯」を貼るようにと、お触れを出したともあるという。どうやら、単なる民俗伝承の風習とは一味違うようである

▼今日でも、「春聯」だけでなく長寿祝賀用の「寿聯」、結婚祝賀用の「婚聯」、葬儀哀悼用の「挽聯」、あるいは出産祝賀用や名勝旧跡を称えるもの、自戒のためや商売繁盛、単に一般的な装飾用までと、実に多種多様な用途に用いられている。日常生活にこれほどまでに書が場を与えられることは、羨ましい限りである

▼まあ、いまさら遅いといわれればその通りだろうが、新たな交流機会が生まれるかもしれぬし、この辺でキチンと研究してみようよというのが、小誌の提案である。

(書道美術新聞 第1009号1面 2013年6月15日付)




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