風信帖(1002)

 13年03月01日 | カテゴリ: ≪風信帖≫

 杉岡華邨の生誕100年展が開幕した。昨春、99歳にあと3日という3月3日まで長命を保ち、その2日前には病床でこの会期の決定の報告を受けていたという「記念展」であるから、さぞかし元気に会場で来客を迎えたかったことだろうと、無念は察しられて余りある

▼その作者の後半生を影のように連れ添い、支え続けた和子夫人が、作者との出会いからの34年間の折々の思い出や、作者の制作余話などを綴った『一旦辞するにあたり‐書家杉岡華邨との日々』がこのほど、NHK出版から上梓され話題となっている

▼内容を詳しく紹介するゆとりはないが、本書によるとこの表題は、作者が夫人の知らぬうちに自宅台所の隅の用紙入れに忍ばせた紙片にあった、辞世の挨拶の一節という。そこには鉛筆で、「一旦辞するにあたり 誠に感謝します 永らくお世話になりました 有難く存じました」とあった

▼生前には妻に感謝の言葉など一言も掛けたことはないという昔気質の作者が、死のほんの3週間ほど前、入院の直前に書き残したものらしい。「一旦辞す」とは、「またあの世で会おう」ということか。うるわしいというほかない。著書には夫人の、「辞去の文字見つつ涙や春の星」の返句も添えられている。

(書道美術新聞 第1002号1面 2013年3月1日付)




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