【美術新聞社書振連調査】被災地の書塾は、いま

掲載日: 13年04月15日 | カテゴリ: トップ記事

切実な“肉声”共有を
“復旧”はまだら模様
悲痛な叫びも「生徒戻らず」「もっと支援を」


 美術新聞社と書振連(全日本書文化振興連盟=桑原呂翁会長)はこの4月1日から、東日本大震災と東電・福島第一原発の事故から丸2年が経過した今の被災地における書塾経営の実状を把握する狙いで、特に被害の大きかった東北3県(岩手・宮城・福島)の書塾指導者を対象にした緊急アンケート調査を実施している。

 今回の調査対象は、美術新聞社のデータベースから抽出した3県在住の約500人で、調査開始から10日間で回答数は約100件、「転居先不明」者が約50件に上っており、まだ統計処理ができる件数には至っていないものの、回答には被災地からの切実な肉声が盛り沢山に託されている。

 そこで本紙では、これらの肉声こそ書道界が広く耳を傾け痛みを分かち合うべきものと考え、ここに紙面の許す範囲で一部の回答を匿名で抄録してお届けすることとした。

 抄録に当たっては、回答者個人が極力特定されないようにする主旨から、意図的に改変した部分もあることをご了承頂きたい。

【アンケートの設問】
1)貴教室(複数ある場合はメーン教室)の生徒の通塾状況についてお聞かせ下さい。
2) 貴教室では震災後、被災した生徒に対する支援優遇措置を講じましたか。
3)貴教室では、経営改善、局面打開のために何か具体的な方策を講じていますか。
4)原発事故の被害について
5)現在の困りごと、メッセージ、その他ご意見があれば、お聞かせ下さい。
 ◇ ◇ ◇

【岩手県】
◆大船渡市・Aさん
1)教室は、震災直後3カ月間は休みとし、その後70%前後の塾生が再開。1年後、家屋流失の塾生数名が他市へ転居し、退会。現在は、被災前のほぼ90%位まで回復した。岩手の県南地方は大方再開したと思う。
2)被災の程度に応じて、月謝の減免や用具の無償配布を実施した。地域の傾向として、他の教室でも同様の対応をしていたと思われる。
3)指導時間を以前より6時間増やした。
◆大船渡市・Bさん
1)震災直後は自宅も教室も流失して壊滅的だった。そのまま、現在も本格的には再開できていない。波をかぶった教室は、ほとんど壊滅的被害を受けた。
2)震災直後から2年後の今日まで、教材や道具を用意し、ほとんどボランティア的に指導を行っている。今後、被災者公営住宅に移れると思うが、その後も続けたい。
5)現在、数カ所の仮設住宅で被災者を対象とした書道ボランティアを行っているので、半紙、墨汁などの支援があると助かる。
◆大船渡市・Cさん
1)震災直後から現在まで教室を閉じている。添削指導については、大人のみ再開し始めている。
◆大船渡市・Dさん
1)震災直後は75%減、1年後は60%減、現在は漸く半減まで戻った。
2)児童に対しては全て減免の措置をとり、これを震災後から昨年末まで実施した。
3)仮設教場(本部)をコンテナハウスに設置し、これを拠点としている。3カ所の教場を閉鎖したが、弟子から教室を引き受けた。高校の非常勤講師や、復興仮設店舗街でのボランティア教室も開設している。
5)地震と津波で全て流され失った。自宅や教場を仮設でなく、きちんと建て直したい。
◆盛岡市・Aさん
1)盛岡の私のところでは、震災直後から現在まで特に変化はない。
2)児童はもともと教えていないが、成人の会員に被災者がいて、1年間月謝を無料としお見舞いも贈ったが、現在は以前の状態に戻った。
◆盛岡市・Bさん
1)3月11日から13日頃まで、停電、電話不通などに見舞われたが、教室の状況としては特に変化はなく、地域の知人らも皆元気で頑張っている。
5)個人的には被害はなかったが、三陸方面は被害甚大で、日本中、世界中から多大なご支援を頂いた。しかし、まだまだ足りない。被災地に一層の支援をお願いしたい。
◆盛岡市・Cさん
1)震災直後は壊滅的状況で、再開は無理と思われた。1年後の去年から、被害の程度が軽く修復が終わった建物を借りて、大人の指導のみ再開した。地域内でも、同様の事例を多く耳にしている。
2)所属する団体の本部から、見舞金、用具、出展費、表具代等の援助を受け、震災1年後から教室を再開している。
◆盛岡市・Dさん
1)震災直後から現在まで、特に変化はない。
2)被災した関係者などに見舞金を贈った。
3)私としては、現状維持に徹している。
◆盛岡市・Eさん
1)震災直後から現在まで、生徒の減少傾向が止まらない。
5)児童の減少が、特に深刻な状況だ。
◆盛岡市・Fさん
1)私のところは、震災直後から現在まで特に変動はない。
2)特に対策は講じていない。
5)指導は、公民館のような施設で高齢者を対象に依頼を受けて行っている。
◆岩手県郡部・Aさん
1)震災後の5月から再開した。沿岸部の教室では20%程度生徒が減少したが、1年後もそのままで、現在も元には戻らない。
2)津波で被害を受けた方に、書道用具一式を無償配布した。全生徒に対し見舞金を贈った。
◆岩手県郡部・Bさん
1)地震では相当被害があったが、内陸部のため津波被害は免れた。
◆岩手県郡部・Cさん
1)生徒の60%が被災したが、1年後から現在までにほぼ戻っている。地域としては、児童生徒がいなくなり、廃業したところもある。
2)月謝の減免や用具用材の無償配布を行った。震災直後1〜2カ月は教場を閉め、半年は場所を変えて指導した。
◆花巻市・Aさん
1)震災直後から昨年まで特に変動はなかったが、今年に入り被災者や疎開者が戻って来て、塾生が増加している。
3)全ての面で、ほぼ従前どおりの経営に努めている。
◆奥州市・Aさん
5)中央の公募展は、出品料の値下げを検討して欲しい。
◆一関市・Aさん
1)震災直後は室内が使える状態ではなかったが、現在までに整理をほぼ完了させ、以前並みの状況に戻った。
2)幸い生徒らに大きな被害はなかったが、震災後から現在まで用具用材は常に備品を自由に使わせている。
3)知人の教室の経営を引き継いだ。毛筆に硬筆を加えた指導を始めた。
5)昔勤務した高校に書籍、用具用材を寄付した。原発に関しての風評被害を特に大きく感じる。


【宮城県】
◆気仙沼市・Aさん
1)震災直後から現在に至るまで会員は半減のまま、推移している。
2)会員の半数が、家屋に壊滅的被害を受けた。見舞金を贈ったが、被害者は1人も戻っていない。
3)平日の午後の指導時間枠を増やした。
◆石巻市・Aさん
1)震災直後は100%減。教室2カ所が流失。1年後には半分まで回復し、現在では30%減まで戻している。
2)月謝の減免を3カ月ほど行い、震災の年の7月から1年間、被災者には用具を無料で提供した。
3)経営改善のため教場を1カ所増設し、2カ所閉鎖した。
◆石巻市・Bさん
1)震災直後から現在まで増減はない。
2)最初の頃のみ、用具の無償配布を行った。
◆石巻市・Cさん
1)被災6カ月後から再開。転居者1名が減ったのみ。
2)月謝の減免、用具用材の無償配布、書展の出品料・表具代免除など。現在も一部続けている。
3)しかし経営は苦しいので、局面打開の一策として他の職種で働いている。
◆石巻市・Dさん
1)当地域は全体的に大変な被害状況で、復旧復興は2年経っても進まず、これからだ。書塾経営も、多くの児童・生徒が仮設住宅入居等で散り散りになり、どこも大変な思いをしている。教室自体の数も大きく減少した。
5)地元のカルチャーセンターで大人20名ほどの教室を受け持っていたが、施設が津波被害により使えなくなって閉鎖された。今年に入り、別のセンターで教室を再開した。
◆宮城県郡部・Aさん
1)幸い、震災直後から現在まで、特に増減は見られない。
2)支援措置は講じていない。
◆多賀城市・Aさん
1)天井近くまで水に浸った教室は、片付けもままならないまま7月頃から細々と再開。しかし、1年後になっても修理の順番が回って来ず、床上を整理し、畳のみ入れて何とかしのいだ。現在、近辺は空き地ばかりの状態で、ほとんど住民もなく、活動は難しくなっている。被害のなかった人々も、精神的にすさんでいる雰囲気は否めない。
2)約3カ月間、月謝を免除した。用具は出来る限り無償配布した。ただ、教室自体の在庫が津波で全部だめになった。月謝は秋頃から半額とし、現在も継続中。用具は今も配布している。
◆多賀城市・Bさん
1)被災直後は、床上1.4mまで浸水した教室の片付けに専念。1年後から現在までに、震災前の水準を取り戻した。
2)月謝の免除、用具無償配布のほか、送迎も行った。月謝については半年間の免除、その後は半額以下の負担とし、現在も続けている。
◆名取市・Aさん
1)震災直後から現在まで、特に変化はない。
2)一時的に、用具用材を無償配布した。
◆名取市・Bさん
1)震災直後は休業した。現在は大人のみ指導しているが、子供は書よりも学習塾優先。公民館での無料教室など、月謝方式の指導は場面は少なくなっている。地域の同業者は、全般的に生徒が30〜50%減と聞いている。
2)今年は震災復興支援の社中展も計画している。
◆大崎市・Aさん
1)震災直後からほとんど変化はない。最近、大人の新入会者が数名通い始めている。
2)月謝の免除を震災直後の2カ月間実施した。
◆仙台市・Aさん
1)震災直後は、5月の連休明けくらいまで休業状態だった。1年後に80%まで回復し、現在は震災以前の状態に戻った。地域の同業者には、高齢の指導を震災を機にやめたところもあるらしい。
2)家屋が流失した生徒らに、用具の無償配布を行った。
5)個人の教室としては震災前の水準に戻ったが、競書誌を発行する会全体としては部数の落ち込みが大きく、今後の見通しがつかないのが実状。書展出品の意欲も薄れてきているように感じる。いかに地域の方々に再び、書の楽しさ、素晴らしさを伝えていくかに腐心している。
◆仙台市・Bさん
1)震災直後は自宅教室を4カ月休んだ。市民センターは7カ月、使用不能だった。1年後、自宅教場の生徒は50%まで回復している。
◆仙台市・Cさん
1)津波の被害は受けなかったが、自宅、教室とも大規模半壊で3カ月間使用できなかった。生徒の家も損壊したところが多く、休んだり退会する者が出た。現在も退会者は戻らず、生徒数は回復はしていない。
2)支援措置としては、月謝の免除を震災直後の4月から年末まで行った。
3)教場はやがて閉鎖の予定だ。
5)震災後、父母達も家の改築等で出費がかさみ、子供の習い事をやめる家庭が多くなっている。
◆仙台市・Dさん
1)震災直後は休業した。1年後から現在まで、減少した会員数は戻っていない。
2)生徒に対する支援措置は、震災後1年間続けた。
3)同業者の教室をこの4月から引き受けた。
◆仙台市・Eさん
1)震災直後は休まざるを得なかったが、再開している。
2)震災後から半年間、用具用材の無償配布、月謝の免除を行った。地域の同業も同様の措置をとったようだ。
◆仙台市・Fさん
1)震災直後は、建物損壊のため8カ月間休業した。再開したものの、1年後には約半数が退会。家庭の収入がなくなったケースが多く、回復はみられない。
2)月謝を滞納している子供が多いが、催促はしない。しかし滞納後、退会するケースが多くみられる。この状況は震災直後から変わらない。
◆仙台市・Gさん
1)震災直後は多少変動があったが、1年後から以前の水準に戻った。
2)私の教室周辺の被災自体は顕著でなかったため、特に講じていない。
3)教室を1カ所増設した。
◆仙台市・Hさん
1)本棚が倒れ物品が損壊し、押入れの物品の散乱などがあったが、1年後には落ち着き、現在は平穏を取り戻した。
2)震災直後に1回、用具用材の無償配布を行った。
◆仙台市・Iさん
1)震災直後、コミュニティーセンターは地域の避難所となったため教室として使用できずにいた。1年後から原状復帰を果たせた。
2)津波被害はなく用具用材は残ったが、ライフラインが壊滅状態で、数カ月は稽古どころではなかった。
3)今後も無理をせずに、可能な範囲で教室を経営していきたい。
5)書道展に費用が掛かり過ぎると感じる。
◆白石市・Aさん
1)震災直後は、教場修理のため半年間休業した。1年後から以前の状態に戻った。
2)会員に被災者はいなかったので、対策は講じていない。
◆白石市・Bさん
1)震災直後は、2カ月開塾できなかった。生徒は若干減ったが、1年後には元に戻った。しかし、家庭の経済事情からか、以後新規の生徒の入会がない。
2)月謝の減免措置を2カ月間行った。
3)生徒の減少もあり、閉塾を検討している。
◆白石市・Cさん
1)震災直後から一年後までは10%減、現在では15%減となっている。
2)月謝を1,000円減額した。学校も休校だったので、教室開放と練習を地震から2週間後に始め、数カ月間行った。
3)指導時間を増やした。学習関係の教科の指導を始めた。


【福島県】
◆相馬市・Aさん
1)震災直後から7月までは、生徒ゼロだった。1年後に学生50%減、一般は40%減となり、現在は学生は80%減だが、一般は20%減まで回復した。同業者の教場が減っている。指導者の高齢化も閉鎖の一因になっている。
2)半紙はいくら使っても月100円とし、墨汁、硬筆用ノートや用紙は原価で頒布。再開時から、そのまま継続している。月謝額は以前から、学生3,000円、大人4,000円。地域の平均は、学生5,000円、大人5,000〜7,000円といったところ。
4)原発から約50km離れており、影響はほとんどないが、漁業、農業には一部に影響が出ている。
◆福島県郡部・Aさん(避難地の埼玉・加須市からの返信)
1)警戒区域で戻れず、現在に至るまで100%減。
3)避難地に2カ所、教場を新設済み。指導日は月3回から8回に増やし、指導時間も倍に増やした。
4)原発からの距離は3・5km。教場は天井と床が抜け、使用不能。建物も傾いている。
◆いわき市・Aさん
1)公民館の教場が避難所となって半年間使用不能となり、指導できず収入もストップした。現在は震災前に戻った。
2)月謝の減免を、震災直後の3月から5月まで行った。地域の同業者の例では、津波と原発で九州に避難し、教場を経営できない方がいる。
3)他種目の指導を開始した。
◆いわき市・Bさん
1)震災直後から現在に至るまで、会員の増減ほとんどない。
2)特に講じなかった。
3)指導日を週2日から3日に増やした。
4)自主避難地域。原発から約50km離れているので、影響は特に感じない。
◆いわき市・Cさん
1)震災直後は休業した。1年後に30%減で再開し、現在は20%減まで回復している。地域としては海岸から約10僧イ譴森眤罎飽銘屬掘津波の被害はなかったが、海岸に近い地域は壊滅的被害で痛々しい。
2)約1年間にわたり、被災者に応じて救済措置を講じた。地域で展覧会の出品料免除があり、助かった。
4)原発からは約40キロ離れているが、自主避難をした。風評被害、海水汚染の影響を懸念している。
◆いわき市・Dさん
1)震災直後の2カ月ほど、埼玉県の親類宅へ避難していた。1年後の再開から現在に至るまで、震災以前とほとんど変わらずに推移している。地域の書道人口は減少傾向にある。
2)一般の会員で家族を津波で亡くした人が2名おり、いずれも退会した。自宅が損壊した人、指定区域で移転した人もいる。月謝免除は現在も続けている。
3)病院のデイ・ケアの人に月2回、ボランティアで指導を始めた。
4)原発からは約40僧イ譴討い襦
5)私自身、高齢のため、経営についての問題は度外視で取り組んでいる。
◆伊達市・Aさん
1)震災直後は半年間休業。1年後再開したが、避難者もあって生徒は半数となり、現在は子供の減少でさらにかつての70%減となっている。
2)震災後の再開から半年間、月謝免除を行った。
3)1年後に教場の閉鎖を検討している。
4)原発からは50km離れている。10世帯が避難勧奨地域。除染は二年経過してようやく始まった。
◆福島市・Aさん
1)震災直後は50%減、1年後に30%減、現在は20%減といった状況。
2)月謝の免除を震災直後から1年間実施。
4)原発からは60km離れているが、影響は多々ある。
5)放射能の不安が懸念事項。
◆福島市・Bさん
1)戸棚が倒れ、収納品が散乱して足の踏み場もない状況だったが、1年後から再開し、これまでに震災前の状況に戻った。
3)指導日を月3日から1日に減らし、指導時間も減らした。
4)原発からは約70km離れているが、風評被害が大きい。庭の除染のため、草むしりや植物の剪定ができない。
◆福島市・Cさん
1)震災直後は生徒ゼロ。1年後に80%減、現在は40%減まで回復。地域の同業者では50%減のところもあるようだ。
2)月謝を若干、安くした。現在は20%減免。
3)教場を2カ所増設し、1週間の指導日を5日から3日に減らした。
4)原発からは約60km離れている。
◆二本松市・Aさん
1)平成9年に自宅教室を閉じて地元公民館での活動に切り替えたが、これも震災を機にやめた。地元の2カ所の教室は継続している。
5)ボランティアで、悩み相談や、書画の趣味活動の指導をしている。
◆郡山市・Aさん
1)震災直後は修理のため4カ月程度休講にしたが、人数的な影響はなかった。1年後から現在まで、通常の経営ができている。自分の教場の影響は軽微だが、地域的にはどこも減る一方と聞いている。
2)特に優遇措置は講じなかった。
4)原発からは60km離れているが、当地は市内でも線量が高い地域で苦労している。教室経営には支障はない。
◆郡山市・Bさん
1)震災直後も避難者は2〜3名で、通常の指導を行った。1年前から元の水準に戻った。地域の同業には、まだ休業している人もいる。
2)優遇措置は講じなかった。
4)原発からは約60km離れている。
◆郡山市・Cさん
1)生徒20名のうち約10名が、市外や県外に親と共に避難してしまった。
3)指導時間数を減らした。
4)原発からは60km離れているが、テレビで一時、当地が放射線量が高いと報じられ、避難、転校する者が多数出た。
◆須賀川市・Aさん
1)震災直後は教室は休業した。1年後に再開し、現在は震災前と同じように活動している。
2)震災の休業中は当然、月謝は免除とした。
4)原発からは50〜60km離れており、被害は特にない。
5)業者の都合で、教場の修復に1年以上取り組めず困った。
◆福島県郡部・Aさん
1)震災直後は、自宅と他の教場1カ所を9月まで閉鎖。現在は再開し、生徒も従来のように元気に勉強している。
2)震災当月から1年間、月謝の減免を行った。
4)原発からは約60km離れている。
◆白河市・Aさん
1)特に震災による変動はなかった。
3)教場を2カ所増設したため、指導日が3日から9日に増えた。
4)原発からは約60km離れている。
◆会津若松市・Aさん
1)震災から始まった生徒の減少傾向は、現在まで改善されない。
2)減免は特に講じなかった。
4)生徒が減っても教場の閉鎖はせず、継続を心がけている。
5)外部への要望は特にない。あったとしても、解決策はないと思う。
◆会津若松市・Bさん
1)震災直後は15%減、1年後は10%減。もっとも、年々減少傾向にあり、これは震災とは関係ないかもしれない。
2)震災の年には、被災地の書の仲間へ募金や見舞金を送金、用品の提供も実施した。
4)原発からは約100km離れているが、風評被害はとても大きい。
◆会津若松市・Cさん
4)原発からは約50km離れているが、現在は戻りつつあるものの、農産物や、観光への風評被害が大きかった。
5)これからも、震災の記憶を風化させないことが大事だと考えている。



(書道美術新聞 第1005号1面 2013年4月15日付)



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